TAKUSHIN
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拓進運輸株式会社
概要
沿革
あゆみ
経営理念
会社のあゆみ
 終戦後、食糧増産の使命からスタートした開拓農業が、いよいよその使命を終え、 酪農事業の拡大が急速に進み始めてからもう何年経つであろうか。
 思えば、昭和40年開拓連組織共販の気運が大いに盛り上がり、当時受け皿としての乳業会社は本県には、 東北協同乳業・森永乳業・雪印乳業の三社のみであった。 そうした状況の中で、酪農家の生乳を僅かでも有利に販売しようと、本県開拓連が明治乳業の誘致を計画し、 生乳の販売は、明治乳業戸田橋工場など、首都圏の大消費地から開拓され、当初輸送は、 安積地方開拓農協が運輸部を増設しその任に当たった。
 然しながら、当時の交通事情は熾烈を極め、社会全体としても、所謂「交通戦争」の真っ只中、 安積地方開拓農協も、そのような中で農協の経営にも危惧を感じる状況にあった。 そこで、昭和45年7月に有限会社拓進運輸の創立に至った。しかし農協経営とは全く違う、 企業経営の厳しさに愕然としながらも、周囲の皆様の暖かいご声援に励まされ、ただ一生懸命に前へ前へと進むだけであった。
 昭和47年10月県開拓連の資本参加に伴い、社長は福島県開拓連会長 吾妻千代吉氏が就任、 本社を福島県開拓連内に移し郡山を営業所とした。 この年「乳缶」集乳からベビーローリーによる集乳へ移行を開始し、翌48年より農家の庭先集乳を郡山方部で実現、 翌49年には福島方部で実現した。
 しかし、ベビーローリーによる集乳が各戸に冷却設備が必要になる為に農家の理解を得るのに時間を要したことと、 また開拓農家が多い為に必然と集乳地域は中山間部に偏り、経営的には赤字の連続であった。
 
 昭和50年、県経済連と県開拓連の合併が実現し、この時、拓進運輸は資本独立、社長は安齋正充となる。 同54年、県経済連酪農部の御協力により全農東京支所酪農部との輸送契約が成立し、これ以来輸送量が急速に拡大された。 同59年全農物流株式会社と生乳輸送基本契約を締結し、全農系統生乳の転送及び殺菌乳の輸送を担当、 現在10t以上の大型ローリーは、25tトレーラーを含め34輌を数える。
 また、集乳車も「乳缶」よりはじまり、現在では電磁式流量計装着車を順次導入している。 集乳車13輌の内、大型集乳車は9輌と大型化が進み、次の段階として、1台当たり 1日に8,000kg以上の集乳を達成し、 引き続き集乳事業の合理化を図りたい。
 また、消費者及びメーカー各社の厳しい要求に充分応えられる様、オートサンプラーによる個人サンプルの採取、 集乳車については受乳前の待ち検査を実施後納入している。 平成 5年には、本社を郡山市喜久田町に移し、前後して東北協同乳業敷地に事務所を開設。
 現在は営業所として、集乳業務・生乳検査業務・乳製品輸送の管理、これらの部門を統括している。 東北協同乳業・雪印メグミルク株式会社の乳製品の増加により、冷凍・冷蔵車は 2t車から15t車まで合計30輌を保有するに至った。
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〒963-0541 福島県郡山市喜久田町堀之内字千杯田16-10
TEL.024-959-4438 / FAX.024-959-2050
info @takushin-un-yu.co.jp